片岡鶴太郎は、なぜお笑い芸人から画家へと転身したのか

 

近頃は、テレビ出演が減って、たまにしか見かけなくなった片岡鶴太郎ですが、現在は画家としての活動に力を入れているようです。

心に響く 心に響く3

この挿絵の川上犬(長野県の猟犬)は、片岡鶴太郎が描いたものです。 子犬の無邪気な表情と佇まいに癒しを感じる作品です。

この本には、以前紹介した記事『縁を生かす』が掲載されています。

 涙腺注意⇒ 心に響く小さな5つの物語「縁を生かす」ドラマ版動画

 

お笑い芸人から、役者そして画家へと転身(役者は現在も継続中)していった片岡鶴太郎は、最初から絵画への関心や画家としての才能があったのでしょうか?

どうやら、そうではないようです。

 

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片岡鶴太郎の若い頃

東京の下町に生まれ育った鶴太郎は、寄席好きの父親の影響で、漫才や物まねを見る機会が多く、自然と芸人への憧れが強くなっていきます。

高校を卒業後、片岡鶴八に弟子入りし、下積み時代を経て、やがてTVのお笑い番組『オレたちひょうきん族』などで、ブレイクしていきました。

片岡鶴太郎2

ひょうきん族 おでんとおたま

さよならひょうきん族①

 

得意な物まねは、坂上二郎や具志堅用高です。

名前が売れるようになった30代初めに、子供の頃から好きだったボクシングのライセンスを取り、その頃を機に、役者の世界へと足を踏み入れていきます。

片岡鶴太郎3

他人からすれば順風満帆に見えていた人生ですが、40歳頃に人生の過渡期を感じるようになります。

 

画家としての転機

よく芸能人が、「実は、数年前にうつ病を患っていた」とカミングアウトする記事がでることがありますが、鶴太郎自身もそんな状態だったのかもしれません。

ある朝、鶴太郎が仕事に出掛けようと外に出ると、背後に氣配を感じました。 振り返ると、そこには赤い椿の花が、凛と咲いています。

鶴太郎 椿

その存在感に感動した鶴太郎は、この椿を何とか表現できないかと思い、絵を描くことを決めたといいます。 ただ、文房具屋で道具をそろえ、すぐに描いた赤い椿は、とても見られるような代物ではなかったようです。

でも心折れることなく鶴太郎は、この出会い(縁)を活かして絵を描き続けます。 対象の良いところや特長を引き出して表現するという点では、物まねと絵画の世界は共通しているのかもしれません。

鶴太郎画伯

 

 

現在、全国4ケ所に片岡鶴太郎美術館や工藝館を開き、画業20周年の節目である今年は、『片岡鶴太郎展 還暦紅』を全国で開催しています。

片岡鶴太郎美術館

片岡鶴太郎作品

 

 

鶴太郎作

還暦を越え、これから作品にますます円熟味が増していくのではないかと思われます。

 

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