ブルーインパルス 松島基地での地震の被害

 

ブルーインパルスは、航空自衛隊の松島基地に在籍しているチームです。
下の地図を見てもらえればわかるように、宮城県の太平洋側に位置した松島基地は、東日本大震災の際に、津波により甚大な被害を受けました。

松島基地地図2

松島基地地図1

松島基地全体を津波が襲い、戦闘機を含めた自衛隊機28機が津波にのまれました。
地震発生から津波が襲うまで、およそ1時間。28機を緊急に飛ばして、被害を最小限にすることはできなかったのかという批判が出ました。

しかしこれは状況を知らない素人考えと、後にわかります。

 

地震発生が、14時46分。松島基地を津波が襲ったのが、15時54分頃です。
結果として1時間10分後に津波が来たわけですが、当初の気象庁の大津波到着予想は、15時10分でした。
30分弱で津波が直撃することがわかった基地司令が、全隊員を屋上へ退避するよう指示したのは当然のことです。

 

「スクランブルの際には、5分で離陸できるではないか」ということを言う意見もありますが、それはあくまで、スクランブル待機任務についている状態だからです。
あらゆる点検、パイロットの準備状態などがすべて揃っているからこそ数分で発進できるわけです。

しかも松島基地は教育部隊ですから、まるで環境が違うのです。
仮に緊急で発進する必要性がでた場合、地震被害で、滑走路や誘導路に亀裂や断裂がないかの確認、戦闘機や管制器材のチャック等、離陸するまで40分程度は最低限必要という元航空自衛隊の専門家の話もあります。

 

松島基地

もしそれらの確認を無視して、自衛隊機を飛ばしていたら、大惨事になっていた可能性大で、パイロットの人命軽視として、基地司令への別の批判が起こっていたことでしょう。

(参照)【松島基地の自衛隊機28機喪失は判断ミスか

結果として、その状況の中で、最善を尽くしたという以外ないと思います。

 

この松島基地の被害機に、ブルーインパルスの姿が見当たりません。
実はこの時、ブルーインパルスは松島基地にいませんでした。

地震がおきたのは3月11日、その翌日の12日は、九州新幹線の開業日でした。
ブルーインパルスは、その開業日のイベント参加にあわせて前日の10日に、福岡の芦屋基地入りしていたのです。
結局、大震災の被害の甚大さから、開業イベントは中止されました。

 

ブルーインパルスは、帰る基地を一時失うことになってしまい、隊員達は、ブルーインパルスを残し松島基地に帰らざるをえませんでした。
ブルーインパルスが津波の際、松島基地を飛び立っていて被害を受けなかったのは、まさに不幸中の幸いでした。

 

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