ブルーインパルス 松島基地が震災被害に その後の帰還までの道のり

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ブルーインパルスは、航空自衛隊の松島基地に在籍しているチームです。

下の地図を見てもらえればわかるように、宮城県の太平洋側に位置した松島基地は、東日本大震災の際に、津波により甚大な被害を受けました。

果たして、ブルーインパルスは津波の被害あってしまったのでしょうか。

松島基地地図1

松島基地地図2

 

 【関連記事】⇒『ブルーインパルス パイロットのその後は?

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松島基地の震災

2011年3月11日、東日本を襲った地震の影響で、松島基地全体を津波が襲い、戦闘機を含めた自衛隊機28機が津波にのまれました。

 

地震発生から津波が襲うまで、およそ1時間。 28機を緊急に飛ばして、被害を最小限にすることはできなかったのかという批判が出ました。

しかしこれは状況を知らない素人考えと、後にわかります。

 

地震発生が、14時46分。 松島基地を津波が襲ったのが、15時54分頃です。

結果として1時間10分後に津波が来たわけですが、当初の気象庁の大津波到着予想は、15時10分でした。

30分弱で津波が直撃することがわかった基地司令が、全隊員を屋上へ退避するよう指示したのは当然のことです。

「スクランブルの際には、5分で離陸できるではないか」ということを言う意見もありますが、それはあくまで、スクランブル待機任務についている状態だからです。

あらゆる点検、パイロットの準備状態などがすべて揃っているからこそ数分で発進できるわけです。

 

しかも松島基地は教育部隊ですから、まるで環境が違うのです。

仮に緊急で発進する必要性がでた場合、地震被害で、滑走路や誘導路に亀裂や断裂がないかの確認、戦闘機や管制器材のチャック等、離陸するまで40分程度は最低限必要という元航空自衛隊の専門家の話もあります。

松島基地

もしそれらの確認を無視して、自衛隊機を飛ばしていたら、大惨事になっていた可能性大で、パイロットの人命軽視として、基地司令への別の批判が起こっていたことでしょう。

 (参照)【松島基地の自衛隊機28機喪失は判断ミスか

 

結果として、その状況の中で、最善を尽くしたという以外ないと思います。

 

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ブルーインパルスが震災を回避

この松島基地の被害機に、ブルーインパルスの姿が見当たりません。

実はこの時、ブルーインパルスは松島基地にいませんでした。

 

地震がおきたのは3月11日、その翌日の12日は、九州新幹線の開業日でした。

ブルーインパルスは、その開業日のイベント参加にあわせて前日の10日に、福岡の芦屋基地入りしていたのです。

結局、大震災の被害の甚大さから、開業イベントは中止されました。

 

ブルーインパルスは、帰る基地を一時失うことになってしまい、隊員達はブルーインパルスを残し、松島基地に帰らざるをえませんでした。

ブルーインパルスが津波の際、松島基地を飛び立っていて被害を受けなかったのは、まさに不幸中の幸いでした。

 

取り残されたブルーインパルス

その後、ブルーインパルスは、どのようにして松島基地への帰還をはたしたのでしょうか?

地元の住人から愛され、慕われ、誇りに思われていたブルーインパルス。

その地元の人々が地震・津波被害にあって苦しみ悲しまれる姿が、ブルーインパルス関係者にとって、どれほど胸痛む事であったでしょうか。

 

東松山市の少年サッカーチームの名前は、「FC IMPULSE」といいます。

少年サッカーのチーム名になるという事実だけで、その関係性が良くわかります。

地元の子供にとっては、本当に憧れの存在なのです。

 

被害を受けた松島基地にブルーインパルスは帰還できませんので、隊員達は輸送機とバスを乗り継いで、一旦松島に戻り、被災地の救援活動に従事しました。

自衛隊 救援活動

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ブルーインパルス訓練再開

それからおよそ2ヶ月半後の5月24日、ブルーインパルスは、福岡県の芦屋基地で訓練を再開させます。

 

震災後間もないのに、「本当に訓練を再開して良いのか?」という思いはブルーインパルスの隊員全体に強くあったといいます。

しかしブルーインパルスの使命を考えた時、「日本が元気になれるような展示飛行」、「『夢と希望』を感じ取ってもらうこと」、それが任務と、隊員達は考えを切りかえていきした。

 

松島基地への帰還

ブルーインパルスが、最終的に松島基地への帰還を果たすのは、およそ2年後の2013年3月25日でした。

翌月4月4日には、東日本大震災後初めて、松島基地での飛行訓練をするまでになりました。

 

この様子を見つめる基地関係者やブルーインパルス関係隊員、そして地元の人達にとって、ブルーインパルスの勇姿は、どれだけ感慨深いものだったでしょう。

ブルーインパルス 再びの空へ

震災後からのブルーインパルスの様子、パイロットや自衛隊隊員達の葛藤、地元住民との交流を描いた映画「絆-再びの空へ」が、震災から3年後の2014年3月に上映されました。

 

最後に、映画の予告編をどうぞ。

これからもブルーインパルスはその勇姿で、私達に夢と希望、そして元気を届けてくれるでしょう。

 

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