ブルーインパルス 松島基地へ帰還をはたす

 

東日本大震災で松島基地を襲った津波の被害から、ブルーインパルスがまぬがれたことは、前回の記事で書きました。

⇒『ブルーインパルス 松島基地での地震の被害

その後、ブルーインパルスは、どのようにして松島基地への帰還をはたしたのでしょうか?

ブルーインパルス3

 

地元の住人から愛され、慕われ、誇りに思われていたブルーインパルス。
その地元の人々が地震・津波被害にあって苦しみ悲しまれる姿が、ブルーインパルス関係者にとって、どれほど胸痛む事であったでしょうか。

東松山市の少年サッカーチームの名前は、「FC IMPULSE」といいます。
少年サッカーのチーム名になるという事実だけで、その関係性が良くわかります。
地元の子供にとっては、本当に憧れの存在なのです。

 

被害を受けた松島基地にブルーインパルスは帰還できませんので、隊員達は輸送機とバスを乗り継いで、一旦松島に戻り、被災地の救援活動に従事しました。

自衛隊 救援活動

それからおよそ2ヶ月半後の5月24日、ブルーインパルスは、福岡県の芦屋基地で訓練を再開させます。

 

震災後間もないのに、「本当に訓練を再開して良いのか?」という思いはブルーインパルスの隊員全体に強くあったといいます。
しかしブルーインパルスの使命を考えた時、「日本が元気になれるような展示飛行」、「『夢と希望』を感じ取ってもらうこと」、それが任務と、考えを切りかえていきした。

ブルーインパルスが、最終的に松島基地への帰還を果たすのは、およそ2年後の2013年3月25日でした。
翌月4月4日には、東日本大震災後初めて、松島基地での飛行訓練をするまでになりました。

この様子を見つめる基地関係者やブルーインパルス関係隊員、そして地元の人達にとって、ブルーインパルスの勇姿は、どれだけ感慨深いものだったでしょう。

ブルーインパルス 再びの空へ

震災後からのブルーインパルスの様子、パイロットや自衛隊隊員達の葛藤、地元住民との交流を描いた映画「絆-再びの空へ」が、震災から3年後の2014年3月に上映されました。

 

最後に、映画の予告編をどうぞ。


これからもブルーインパルスはその勇姿で、私達に夢と希望、そして元気を届けてくれるでしょう。

 

 

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