平岳大の経歴は? 亡くなった父・平幹二朗への思い

平岳大(ひらたけひろ)の父である俳優の平幹二朗が亡くなられました。

ニュースで触れられているように、平岳大は父親が平幹二朗で、母親が女優の佐久間良子です。 まさに俳優としては、『サラブレット』といえる平岳大ですが、高校や大学を卒業と同時に俳優の世界に入ってきたわけではありません。

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平岳大の経歴

父・平幹二朗と母・佐久間良子とも美男美女であり、演技にも定評があるのですから、その姿を見てきた息子・平岳大が最初から俳優にならなかったのは不思議です。

平岳大は、1974年7月27日生まれで、現在42歳です。双子の兄妹として生まれました。

中学生の時に母親に米国留学希望を伝え、1990年に東海岸のボストン近郊にあるモーゼス・ブラウン高校へ留学をします。 米国への憧れという部分もあるでしょうが、それ以上に『大女優の息子』として見られる日本での生活が精神的負担になっていたといえます。

3年後にはアイビーリーグの名門・ブラウン大学に進学、1997年に卒業をはたしました。 日本に帰国後は、投資顧問会社やIT業界で働いていました。

 

両親の離婚

今回風呂場で亡くなられた平幹二朗を見取ったのは、佐久間良子ではありませんでした。

平幹二朗と佐久間良子は1970年に結婚しましたが、14年後の1884年に離婚しているからです。 平岳大、10歳の誕生日を迎える前、小学4年生の時のことです。 小学4年生という多感な年ごろの時に、両親が離婚し、母親と暮らすことになったのです。

佐久間が新聞の連載で語っているところによると、正式な離婚手続きの前に佐久間は、二人の子供を連れて自宅を飛び出しています。 その当時、息子の平岳大は、チック症という神経性の病気にかかっていました。 ストレスが原因と考えた佐久間は、自宅を出て離婚を決意したのです。

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佐久間は『夫婦のギクシャクした関係』『すれ違い』という表現を使っていますが、その程度の関係であれば、黙って家を出る必要もないと思います。 子供への過度のストレスを心配している様子や、子供二人を連れて突然の家出という行動を考えると、もしかすると今でいうところのDVが行われていた可能性もあります。 あくまで私の想像ではありますが。

それ以降、ブラウン大学を卒業するまで平岳大は、父親である平幹二朗を会うことはありませんでした。

 

父への思い

一般の会社に務めていた平岳大が、俳優デビューをはたしたのは、2001年のことです。

舞台「鹿鳴館」で、主役の影山朝子役である佐久間良子の息子の役をやることになったのです。 影山朝子役を受けた当初、佐久間良子はその話を知りませんでした。 夫である影山伯爵を演じたのは、平幹二朗でした。

仕掛けた方も思い切ったことをしましたが、受けた方の平岳大もよく受けたと思います。

もちろん役者としての何らかの稽古はしていたでしょうが、この「鹿鳴館」が俳優としてのデビューなわけです。 しかも共演者が離婚した父親と母親です。 失敗したらボロクソ言われる可能性が大きい中、あえてそういったプレッシャーの中に身を置く度胸は大したものです。

ある面、平岳大は、俳優としての両親の血が流れている自分自身であることに、自信を持っていたのかもしれません。

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子供の頃の父親への思いは克服していたのでしょうか?

平岳大は、米国のブラウン大学を卒業する際、その卒業式に平幹二朗を呼んでいます。 子供心に感じていた恐い父親、俳優としてスポットを浴びる憧れの父親、そんな入り混じった感情が彼の中にあったのではないでしょうか。

そして憧れの父親像の比率が徐々に大きくなり、一般の会社勤務に区切りをつけ、役者の道へと進んでいったと予想できます。 まさに蛙の子は蛙。

 

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