長島昭久議員「離党しなさい」の声にやっと応える 今後は?

長島昭久衆議院議員の民進党離党のニュースが出ています。

【朝日新聞デジタル 2017.4.7】

民進党の長島昭久・元防衛副大臣(55)=衆院比例東京=が、10日に離党届を提出する意向を固めた。次期衆院選に向け共産党との共闘を進める党方針に不満を募らせてきた背景がある。

多少なりとも長島議員の主義主張を知っている人であれば、「やっと民進党を出る決意をしたか」と思ったのではないでしょうか。

 

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長島昭久議員の経歴

1962年2月17日、横浜市で生まれた長島昭久議員は、現在55歳になります。

幼稚舎から慶應義塾で学び、慶應義塾大学法学部法律学科及び政治学科を卒業し、その後大学院で憲法学の修士課程を修めます。

30歳を過ぎてから米国に渡り、ジョンズ・ホプキンス大学で学び、1997年には米国外交問題評議会の研究員を務めました。

日本に帰国後は、衆議院議員選挙に立候補し、一度は落選しましたが、二度目に挑戦した2003年の選挙で、民主党(当時)から出馬し見事当選を果たしました。

それからは比例復活も含めて、5回連続で衆議院議員選挙に当選しています。

実は長島昭久議員は渡米前の1990年、石原伸晃衆議院議員の公設第1秘書をしていたこともありました。

 

長島議員の主な主義主張

長島議員の主な考え方を見てみると、『憲法改正に賛成』『新基準を満たした原発は再開すべき』『選択的夫婦別姓制度の導入に反対』『特定秘密保護法が必要』などです。

これだけみても、自民党内の保守派といわれる人達と何ら変わらない考え方をしています。

今回の離党の決定的内容について長島議員は、ツイッターで以下のように述べています。

 

 

共産党と共闘することがどういう意味を持っているのか、一般の人はあまり深く考えないかもしれません。

しかし、共産主義を標榜した国家(ソビエト、チャイナ、カンボジアなど)で何が行われてきたか歴史を検証(粛清という名の虐殺)すれば、いまだに共産主義を理想として国家樹立を目指す日本共産党と行動を共にすることが、どれだけ危険なことかわかるはずです。

 

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離党後の方向性

長島昭久議員は、4月10日に離党届を野田幹事長に提出しましたが、翌日11日の民進党常任幹事会では、除籍(除名)手続きを進めることが決まりました。

野田佳彦幹事長は「東京都議選を間近に控え、都連幹事長としての責務を放棄する背信行為だ。議員としても有権者を混乱させ、党の信用を失墜させた」(時事通信)と憤っています。

すでに民進党の信用は、失墜しているように感じますが。 こういう形で離党する以上、長島議員にとってはどちらでもよいことでしょう。

長島議員の選挙区は東京21区(立川市、昭島市、日野市)で、前回の選挙では自民党の小田原潔議員に約千六百票差の僅差で敗れ、比例で復活当選した経緯があります。

今後、当面のところは無所属で議員活動をしていくということです。 自民党の下村博文衆議院議員は、長島議員に対して 「できたら自民党と同じ会派で活動してもらえれば、ありがたい」 と歓迎しています。


朝日新聞デジタルの記事には、

今後は無所属で活動する方針で、小池百合子都知事を中心とする地域政党「都民ファーストの会」との連携も模索している。

と書かれています。

果たして本当に、小池都知事と連携するいう選択をするのでしょうか?

築地市場から豊洲への移転問題では、迷走という言葉が象徴的な小池百合子東京都知事です。 安心と安全の言葉遊びは、もうやめてほしいと思います。

小池都知事は『都民ファースト』という言葉を掲げていますが、私個人的に感じるのは、『都民セコンド』ではないかと。 もちろん何が『ファースト』かと言えば、『○池○合子ファースト』です。

そんな都知事に迎合するかたちをとり、生き残りをかけるのであれば、長島議員にはいったん野に下ってでも再起を図る選択をしてほしものです。

 

【関連記事】⇒『民進党の離党予備軍は誰だ?

 

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