箱根駅伝優勝の青山学院大学・原晋監督の手腕

今年2015年の箱根駅伝は、

青山学院大学の総合優勝で幕を閉じました。

箱根駅伝2

 

青山学院大学はここ最近、箱根駅伝には7回連続で出場してはいますが、

決して強豪校というイメージはない大学でした。

 

6年前からの成績を見てみると、

22位(2009年)→8位→9位→5位→8位→5位(2014年)→1位

となっています。

 

1976年に出場してから30年以上、箱根駅伝には出ていません。

何が変わったのでしょうか?

 

 

やはり監督・指導者の影響が大であることに、間違いないでしょう。

青山学院大学率いる監督は、原晋(すすむ)監督です。

原晋監督

1967年3月生まれ、元陸上選手ではありますが、

箱根駅伝の経験者でも青学のOBでもありません。

実業団で活躍するも故障の為、27歳での引退を余儀なくされます。

 

陸上競技を引退してから約10年は、一般の仕事に就きました。

新規事業を立ち上げるための子会社に席をおき、

社員5名から社員100名以上の会社に成長させる手腕を発揮、

その頃の経験が、監督業に大いに役立っていると、原監督は言います。

 

知人からの紹介で、青山学院大学陸上競技部の監督に就任したのは、

2004年でした。

就任当初は、学生達の日常生活に唖然としてしまいます。

 

寮での飲酒や門限破りは当たり前、

朝練を参加自由にしたら出てこないメンバーも

一人や二人ではなかったようです。

原晋監督2

しかし、練習うんぬんよりもまずは規則正しい生活が出来なければ、

強い選手にはなれないという信念があったので、

辛抱強く指導していきました。

 

そうやって、基礎ができたと感じられるようになるのに、

4年くらいかかります。

 

練習では最初、自身が学んだ実業団での練習方法を導入しますが、

なかなかうまくいきません。

そこで、各々レベルに合ったステージがあるのだから、

まずどこを目指しているのか明確にし、

その半歩先を見据えて取組んでいくことにしました。

 

まずは、箱根駅伝に出場できるチームになること、

その次には、シード権(10位以内)をいつも取れるチーム力をつけること、

というように。

 

就任から5年、悲願の箱根駅伝出場を果たすことになります。

青学

 

 

2012年6月の全日本学生駅伝予選会での惨敗が

一つのターニングポイントとなりました。

2012原晋監督インタビュー(青山学院Youtubeチャンネルより)

 

当時の一年生が中心になって練習するようになって、

チームの雰囲気が一変します。

 

今回の箱根を走ったメンバーの中心は、まさにその当時の一年生です。

 

 

現在、原監督は選手達と共に寮生活をおくっています。

そのメリットは少なくありません。

それは、グランド以外での選手の様子を知ることができるからです。

 

出場選手を選ぶ際には、成績・特徴・現在のコンディション等を総合して

判断するわけですが、それにプラスして“監督の第六感”が発揮されます。

今までの経験値で「こいつなら、やってくれる」ということがわかるのも、

寮生活を通して、各選手の性格・気性などを把握しているからでしょう。

 

今年の12月、原監督は、

「たぶん勝つよ。少なくとも往路は優勝できる」

と明言しました。

 

神野ゴール

その優勝のカギを握っていたのが、今回5区を走ったエースの神野選手。

『山の神野』になれ、という原監督の言葉を見事に実践してみせました。

 

 

今回の箱根駅伝優勝により、以前とは比べものにならないくらい、

チームも監督も注目されるでしょう。

 

今後、雑誌の特集記事が組まれ、

単独インタビューが行われることは間違いないでしょうから、

さらに原晋監督の指導力・人間力が、

具体的に知れ渡っていくことになると思います。

 

Sponsored Link

SNSでもご購読できます。

関連コンテンツ

コメントを残す

*