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来日したアウンサンスーチーの若い頃は? どんな人?

アウンサンスーチー氏が来日

ミャンマーのアウンサンスーチーが2016年11月1日に来日しました。

【時事通信】2016.11.1

ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が1日、羽田空港着の全日空機で来日した。 今年3月の民主政権発足後、事実上の最高指導者となって初めての日本訪問で、2日に安倍晋三首相、3日に岸田文雄外相とそれぞれ会談する。 日本側は、経済協力の拡大などを通じて関係強化を図る考えだ。

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アウンサンスーチー どういう人?

「アウンサンスーチーって、誰?」若い人にとってはあまり馴染みがない名前かもしれません。

ミャンマーは以前、ビルマという国名でした。

ビルマは第二次世界大戦前は、イギリスの植民地でしたが、独立運動家で「ビルマ建国の父」と呼ばれているアウンサンの功績もあり、イギリスから独立を果たします。

そのアウンサンの娘が、アウンサンスーチーです。 1945年6月19日生まれで、今年で71歳になりました。

イギリスのオックスフォード大学で学びイギリスで生活していたアウンサンスーチーが、ミャンマーに帰国したのは1988年3月、彼女が42歳の時でした。 ミャンマーはその当時、軍事政権が国を治めていた時期で、民主化運動が激化していた時でもありました。

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「ビルマ建国の父」の娘の帰国に、民主化運動は益々盛り上がりを見せますが、その分弾圧も激しくなり、1989年7月にアウンサンスーチーは、自宅軟禁状態に追い込まれます。

その後、軟禁の解除は行われましたが、ことあるごとに自宅軟禁が繰り返され、自由な政治活動ができないよう、軍事政権は行動を制限しようとしました。

2012年に行われたミャンマー連邦議会補欠選挙に、国民民主連盟から立候補したアウンサンスーチーは初当選を果たし、2015年の総選挙でも大勝した国民民主連盟は与党となり、ミャンマーの舵取りを任せられることになりました。

 

アウンサンスーチーの若い頃は?

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この写真は、英国にて結婚し、子供を抱いている時のものです。 長男か次男か不明ですが、長男は1973年に生まれていますので、アウンサンスーチーが30歳前後の時のものです。 知性と気品が感じられる写真です。

こちらの写真は、40代前半の時のものです。 この時もかなり痩せている雰囲気です。

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ご主人とのツーショット。

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この笑顔が美しい写真は、すでにミャンマーに帰国した後に写したものです。

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こちらの動画は、2011年につくられたアウンサンスーチーの半生を描いた映画の予告編です。

 

カンボジアPKOとは? 高田晴行警部補の殉職を無駄にしない

PKOとは?

『PKO』という言葉は、ニュースでよく耳にしますが、具体的にはどういったものなのでしょうか。

PKOは、『Peacekeeping Operations』の頭文字を取ったものです。 日本語では『平和維持活動』と、そのまま直訳といってもいい名称で呼ばれています。 国連が紛争地域の平和の維持をはかる手段として行ってきた活動で、通常は国連平和維持活動(United Nations Peacekeeping Operations)といいます。

国内で武力衝突が皆無の日本では想像しがたいですが、世界の国々ではしっかりとした政府が国を治めることができずに、内乱状態が続いている国が現実に存在します。 多くの人達が戦いで亡くなり、その被害から逃れようと難民が多数発生し、その国だけではどうしても収拾がつかない国があります。

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そんな時、国連がその国内の紛争当事者の間に立って、対話を通じた紛争解決を支援し、事態を治めるための活動がPKOです。 もちろんPKOが行われてもすぐに問題解決しない場合も多く、内紛の停戦や双方の軍隊を撤退させるための活動には、力(軍事力)が必要にもなります。

 

カンボジアはどんな国?

日本がカンボジアで、PKOを行ったのは、1992年からのことです。

カンボジアという国の位置を確認してみましょう。

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タイ、ラオス、ベトナムに隣接したインドシナ半島の先端部に位置する国で、国の正式名称(日本語)は「カンボジア王国」、立憲君主制をとっている国です。 19世紀から20世紀前半にかけては、フランスに植民地化され、1953年に独立しますが、その後はベトナム戦争や冷戦(米国 VS ソ連)の影響を受けて、政治が混乱します。

共産主義の影響を受けたポル・ポト政権では、何百万人という人々が虐殺されるという悲劇も生まれました。 それ以降も政情は安定せず内戦が続き、みかねた国連は、1992年3月から国際連合カンボジア暫定統治機構による統治を開始しました。

翌年には、国連監視下で民主選挙が行われました。

 

高田晴行警部補の殉死

そういった状況下で、日本からカンボジアに送られたのが、自衛隊員と文民として派遣された75人の警察官でした。 その中に任務のさなか、武装勢力に銃撃され死亡した高田晴行警部補(殉職にて2階級特進して、警視)がいました。

PKOにおける初の日本人の犠牲者という事で、当時かなり話題になったことを覚えている人も多いと思います。

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1991年におこった湾岸戦争(イラクのクウェート侵攻に対して多国籍軍が空爆)の際、日本は100億円をこえる資金協力を行いました。 しかし人員の派遣をしなかったことで、「金は出すが人は出さない」という国際社会に負い目をおうという流れが日本の中にでき、1992年に、PKO協力法(国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律)が制定されます。

それをうけてカンボジアでのPKOが行われましたが、平和維持活動に武器の所持(種類)や使用がどれだけ必要なのかという議論が曖昧でした。

これは大本の日本国憲法が、自衛隊や軍事に対して否定していることを、解釈でその存在を認めているわけですから、幹や枝にあたる法律が時には曖昧にならざるを得ない矛盾をはらんでしまうことは、ある面仕方ないことです。

パトロール巡回中に、ポルポト派とみられる武装ゲリラに襲撃された高田晴行警部補はその犠牲となってしまいました。

ある文民警察官の死~カンボジアPKO(NHK)

 

稲田朋美防衛相への辻元議員の国会質問で考えたこと(動画あり)

稲田防衛相 涙ぐむ

今回ニュースになったのは、辻元清美議員(民進党)が、稲田防衛相に質問をした際に、その答弁で稲田防衛相が涙ぐんだという内容でした。 『涙ぐむ』というのは、目に涙をためることであり、泣きそうになるということです。

稲田朋美防衛相が9月30日の衆院予算委員会で、終戦記念日8月15日の全国戦没者追悼式を欠席したことをめぐり、民進党の辻元清美氏から「あなたは『自国のために命をささげた方に感謝の心を表すことのできない国家であっては防衛は成り立ちません』と言っておきながら言行不一致だ」と追及され、涙ぐむ一幕があった。  【夕刊フジ 2016.10.1】

 

稲田 VS 辻元 具体的やりとり

稲田防衛相と辻元議員の質疑の様子を見てみましょう。あとで動画も貼り付けておきます。 「解説なんていらない。早く動画を見せて」という人は、スクロールして下の方でどうぞ。

最初の質問は、過去の雑誌の発言に対する見解を辻元議員が問います。そして雑誌に載った核保有に対しての過去の考えを撤回しろと迫ります。

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それに対して稲田防衛相は「非核三原則を堅持し、核兵器のない世界を目指します」を繰り返し答弁します。

 

次に問題にしたのは、上のニュース記事内容の全国戦没者追悼式への欠席についてでした。国務大臣が参列すべき全国戦没者追悼式や通常であれば毎年行っている靖国神社へ、公務と称して行かなかった事に対する追求です。

具体的な欠席理由は、アフリカ東部のジブチへの訪問(8月13日~8月16日)でした。 ジブチは人口100万人にも満たない小国で、国土も日本の四国を一回り大きくした程度の広さの国です。

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現在、自衛隊はジブチに駐留していて、主な任務はソマリア沖・アデン湾における海賊対処になります。場所はよくわからなくても、『ソマリアの海賊』という話の記憶は誰にでもあるのではないでしょうか。

稲田朋美議員は、赤道直下の過酷な環境で任務についている自衛隊に対して、防衛大臣として1日でも早く、その実状を把握し激励したいという趣旨の訪問であると答弁をしています。

 

それに対して辻元議員は、

「あなたの『戦争で亡くなった方々への心を捧げる』というのはその程度だったのかと思われかねないんですよ」(18:54~)

「防衛大臣が靖国参拝に行くのを回避させるためと、報道されているんですよ」 

「私は、防衛大臣として(靖国神社参拝の)信念を貫かれた方がいいと思いますよ」

と畳みかけました。

 『稲田朋美議員が右翼発言って、本当?

 

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稲田防衛相が涙ぐんだと書かれているのは、この場面(19:30~)でした。「ご指摘はご指摘として、受け止めたいと思います」と答弁しています。

 

【稲田防衛大臣 VS 辻元清美議員】

 

米国の事情 日本の事情

(心の笑みをこらえながら)嬉しそうな辻元議員と稲田議員の無念の表情が印象的な動画でした。 すべて承知の上でここぞとばかりに質問している辻元議員と、安倍内閣の圧力(事情)に屈しざるを得ない稲田議員という構図です。

靖國神社

もし稲田防衛大臣が8月15日に靖国神社の参拝をしたら、日本のマスコミが一斉に大々的に報道します。 同時に中国と韓国がタッグを組んで批判してきます。 この中国と韓国のタッグを嫌うのが米国です。

 

何とか中国から韓国を引き離したい米国は、昨年も慰安婦問題の日韓合意で、日韓の懸案を取り除くよう圧力をかけてきました。 そして今夏、高高度ミサイル防衛システム「THAAD(サード)」を朝鮮半島に配備することを、米韓の間で決断するに至りました。 

それでも韓国は中国との経済的関係が緊密なので、いつまた韓国が中国にすり寄っていくかわかりません。

それは長い歴史のなかで、中国大陸を支配した国(元・明・清など)にずっと従属してきたのが朝鮮半島の国だったからです。 

日本と韓国の間に問題を生じさせ、韓国が感情的にへそを曲げることを期待しているのが中国であり、そうさせたくないのが米国です。

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米国の圧力を受けて従う、もしくは米国の考えを忖度して対応するのが、戦後日本が取ってきた生き残る道でした。米国の力が衰えているとはいえ、まだまだそういった日米関係に変わりはありません。

 『稲田朋美防衛大臣誕生で中国が慌てる? 何が変わる?

 

エセ保守だと稲田さんを攻めて、良い結果が生まれるとは私には思いません。

間違いなく時代は少しづつ変っています。 憲法改正の『か』の字すら言えなかった時代もあります。 自衛隊への親近感も本当にここ最近のものです。

稲田さんの無念の思いが、無駄にならないよう、私達は時代が変わっていくのを待つのではなく、変えていけるよう意識と努力が必要かと思います。

 

 稲田議員の明るい話題にふれたい人は ⇒ 『稲田朋美議員は、なぜ網タイツをはくのか?

 

稲田朋美議員のメガネブランドは? 鯖江愛?

稲田朋美のメガネ姿

政治家でも女性の活躍が目立つようになりました。 その中でも先頭グループで頑張っている一人が稲田朋美議員です。

自民党の政調会長を経て、現在は防衛大臣に任命されています。(2017年7月28日に辞任)

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稲田朋美議員は、なぜ網タイツをはくのか? そこには福井愛

稲田議員の網タイツ姿

突然ですが、稲田朋美議員(9/7現在:防衛大臣) の網タイツ姿を見たことがありますか? すでに巷では、稲田朋美議員 = 網タイツ議員として有名(?)になりかけています。

こちらが画像です。

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正直ビックリしました。「何で網タイツ?」

年齢のことを言っては失礼ですが、今年の2月で57才になられました。たしかに稲田さん、実際の年令よりはお若く見えます。

いえ、「57才だから網タイツをはくな」と言っているわけではないです。 私の知るかぎりでは、国会議員で網タイツをはいていた女性議員を見たことがありません。

街中でもあまり網タイツの女性を見ませんよね。 私の生活空間が狭いからでしょうか。

 

ネットの声

ネット上では、こんな声があがっています。

 

正直なところ、どちらかといえば否定的なつぶやきが多い気がします。

あれは、稲田朋美議員の単なる好みのファッションなのでしょうか。 または、ご主人の趣味? (ご主人については ⇒『稲田朋美議員の若い頃は? ~支える夫の存在』)

 

それとも何か別な理由があるのでしょうか?

 

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網タイツは福井ブランド

先に答えを言ってしまうと実はこれ、福井県の繊維産業のアピールのために、稲田議員自らが着用しているということなんです。

稲田さんは、メディアでの対談でこう言っています。

「私の地元・福井県は世界に誇る眼鏡の産地です。繊維産業も盛んで、今はいている『SOMARTA』(ソマルタ)の網タイツも福井産です。伝線しにくく、ほころんでもちょっと繕えば大丈夫で、お財布にも優しい(笑)。」 (夕刊フジ引用)

謎(?)が解けました。 福井1区選出の国会議員として、また郷土愛から、あのファッションに行きついたわけです。 

確かに網タイツを履いているとかなりインパクトがあるので、宣伝効果は抜群といえます。

 

2012年、稲田朋美議員は第二次安倍内閣の時に、クールジャパン戦略担当大臣に任命されました。 

クールジャパン戦略担当大臣とは、日本の文化・産業の世界進出促進や国内外への発信などの政策を企画立案及び推進する大臣です。

稲田議員は、この大臣への就任を機に、日本の文化・産業を発信すると同時に、地元である福井の産業をアピールしようと、自らが身につけるという行動にでました。

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ファッションブランド「SOMARTA」

ちなみにSOMARTAは、廣川玉枝氏が2006年に立ち上げたファッションブランドの名前です。 

廣川玉枝氏は1998年、文化服装学院卒業後にイッセイミヤケに入社しました。 ニットデザインを中心に活躍し、その後独立して現在に至ります。 『SOMARTA

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ファッションにはどちらかというと疎い私でも何か惹かれるものがあります。

 

福井県のどんな繊維会社と契約しているのか調べてみましたが、見つけることはできませんでした。

「日本にあるニット技術、テキスタイル技術はレベルが高く、海外が追いつくことはできない技術がたくさんある」と廣川玉枝氏が言っているように、それを福井県の繊維会社が担っているのです。

更に廣川氏は、

「人の手によってニットの編み方を機械に入力しなければなりませんが、対応できる職人が少なく、時間がかかりました。複雑なデザインを汲み取り、繊細な柄表現を具現化して下さった職人の姿勢に感謝しています。日本のものづくりを支えているのは、手間暇を惜しまず、取り組んでいる職人の方々なのだと思いました」【FASHION PRESS

と述べています。 

職人へのリスペクト、良い関係ですね。

どんな素晴らしい構想・デザインがあっても、それを形にするには相当の技術が必要になります。

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日本では繊維業界自体が、海外との厳しい戦いを強いられています。中国との国際競争だけでなく、近年では東南アジア地域の技術力もかなり向上しています。

そんな中でも福井県は繊維産業が盛んで、繊維製品の多くが全国で上位を占めています。

 

福井県繊維製品

稲田議員の郷土愛から、このファッションが生まれたのですね。

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家族を愛し、生まれ育った地域を愛し、見守り育んでくれた日本の地を愛する、いたって自然な心です。

 

【関連記事】視力は良いのになぜメガネ? ⇒『稲田議員のメガネブランドは?』 『稲田朋美議員と「日本会議」の関係は?

 

稲田朋美防衛大臣誕生で中国が慌てる? 何が変わる?

新防衛大臣 稲田朋美

第三次安倍内閣(第二次改造)で二人目の女性防衛大臣が誕生しました。 稲田朋美防衛大臣です。

稲田朋美防衛相

防衛大臣をいまさら説明する必要はないと思いますが、ざっくりいうと、防衛省のトップであり、陸海空軍(自衛隊)の指揮監督を幕僚長を通じておこないます。 自衛隊の最高の指揮監督権は、内閣総理大臣が有しています。

 

二人目の女性防衛大臣と書きましたが、一人目は、現東京都知事の小池百合子氏が2007年、第一次安倍内閣の時に初めて就任しました。

小池百合子

就任期間は、わずか2ヶ月弱でした。 事務次官の人事問題でゴタゴタがあって、内閣改造時に再任をされなかった経緯がありました。(本人は、別件で責任を取り、再任を固辞と説明)

 

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稲田議員の政治スタンス

稲田朋美議員は、一般的にはタカ派と言われています。 タカ派とハト派、別な言い方ですと、強硬派と穏健派、まぁ色々な区分の仕方はあるでしょう。 実際は、個性的な議員をこんな風に二つに区別できるはずもなく、一つのレッテルはりのようなものです。

 

前回の記事『稲田朋美議員の若い頃は?』で書いたように、稲田さんは議員になる前の弁護士時代に、戦時中の「百人斬り」名誉棄損裁判を手掛けるなどおこないました。

そういった考え方や行動力が安倍さんの目にとまり、国会議員への出馬依頼がきたのですが、稲田議員は、初当選したいわゆる一年生議員の時、自民党内に『伝統と創造の会』を立ち上げ、会長に就きました。 同じ一年生議員では、34名が『伝統と創造の会』に名を連ねました。

 

以下が、『伝統と創造の会』の設立趣旨書です。

戦後60年を経て日本は危機的な状況にあり、これを打破し新たな繁栄を続けるために改革が求められています。 先人たちは、国難に直面したとき明治維新がそうであったように、守るべき伝統を守りながら創造するという真の改革を断行して新しい日本を切り開いてきました。

私たちは、自由民主党の立党の精神に立脚し、誇るべき伝統や国家の品格を守りつつ新たな日本を創造するために自由民主党新人有志からなる「伝統と創造の会」をここに設立します。

「和を以って貴しとなし」「万機公論に決すべし」の精神で、固定概念にとらわれることなく自由かつ活発な議論を通じて物事の本質を理解し、ひたむきな情熱をもって道義大国日本を再建し祖国の繁栄と世界の平和に寄与することをここに誓います。

4月28日の主権回復の日や8月15日の終戦記念日には、皆で靖国神社での参拝を行い、人権擁護法案や外国人地方参政権付与問題については警鐘をならし、反対を表明してきました。

稲田朋美議員の防衛大臣誕生に、中国が慌てたり警戒するのは、上記のような過去の活動や発言があるためです。

 『稲田朋美議員が右翼発言って、本当?

 

中国になめられる日本

中国の漁船が尖閣諸島で領海に侵入して漁をしたり、中国空軍が領空侵犯や航空自衛隊の戦闘機をロックオンしたとされる事件など、その行動は目に余ります。

 8月6日、外務省は、東シナ海の尖閣諸島(中国名:魚釣島)の接続水域で中国の漁船約230隻と海警局の船6隻を確認し、中国側に抗議したと発表した。写真は2012年9月、中国浙江省舟山市の港から尖閣諸島に向かう漁船群(2016年 ロイター/Stringer)

ロシアや米国であれば、間違いなく撃沈や追撃されているでしょうが、日本の現状ではそれはまずあり得ません。 中国もそのような日本の現状を理解した上で挑発行動をしていることは明らかです。

 

防衛大臣が変わったことで、何がどう変わるのでしょうか?

これは防衛大臣に限ったことではありませんが、組織のトップが変われば方針や取組み方が違ってきます。 もちろん日本は法治国家ですから、日本国憲法や自衛隊法にのっとったうえでの方針変更が前提ではあります。

稲田議員は弁護士出身ですので、憲法や自衛隊法内で何が可能で何が不可能かを精査中かと思います。 その上で、防衛大臣が発信する内容で、同盟国のアメリカや仮想敵国といってもいい中国へ牽制球を投げていくことも出来ます。

 

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中川昭一 核武装論議

若くして亡くなられた中川昭一議員が自民党政調会長の時代(2006年)に、北朝鮮が初めて核実験をした際、「(日本国内で)核武装の議論すら許さないのはおかしい」旨の発言をしました。

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それによって米国は、即座にライス米国務長官(当時)が「あらゆる抑止力で日本に対する安全保障を約束する」と表明しましたし、一方の中国も本気になって北朝鮮説得にかかり出しました。

このようなちょっとした発言と思われる内容が、大国をも動かしますし、中心に立てられた人物が覚悟をみせれば、政治的かけ引きを優位に進められます。 中川昭一議員は、「核武装しよう」と言ったわけではありません。 「(核武装するかしないかの)議論くらいしてもいいでしょ」と言っただけです。

 

対中国  世論を味方に

その時マスメディアは、従来通りの批判が中心でしたが、世論は賛成反対入り混じっているという感じでした。 ここが重要です。 米国も中国もしっかり世論をみています。 一昔前の日本では、『議論さえ許さない』という風潮が当たり前という異常な状態でした。それが異常だと気づかないくらい。

国会議員が国民を教育するのではありません。 国民の意識が高くなることで、そういった国会議員を生み出すのです。

 

一度政治生命を絶たれたといってもよい所から復活してきた安倍首相と連携を密にして、稲田朋美防衛大臣が独自色を出していければ、中国が嫌がる(日本にとっては良いこと)政治をすすめることができると思います。

 

稲田朋美議員の若い頃は? 弁護士の経歴と支える夫の存在(画像)

首相候補? 稲田朋美

今、何かと注目されている国会議員がいます。稲田朋美衆議院議員です。 1959年2月生まれの稲田議員は現在57才、若い頃はどんな人生を歩んできたのでしょうか?

福井1区選出で、当選回数4回の稲田朋美議員が衆議院議員に当選したのは、46才の時のことです。 

当時の小泉純一郎首相は、郵政民営化法案が自民党議員の反対もあり、参議院で否決されたことを受けて、「国民の皆さんが、この郵政民営化は必要ないのか、聞いてみたいと思う」と言って、衆議院を解散してしまいました。

これが有名な『郵政解散』です。

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硫黄島には、観光ツアーで行けるのか?

東京都に硫黄島(いおうとう)という島があります。

「硫黄島には観光で行けるの?」というネットの書きこみがあったので、調べてみました。

硫黄島 すり鉢山

硫黄島での戦い

硫黄島といえば、第二次世界大戦末期の1945年2月19日から3月26日にかけて、米軍との激しい戦いが繰り広げられた島です。 日本軍の戦死者は2万名を超えました。 続きを読む

公職選挙法違反には、「事前運動」というのがあります

選挙運動期間

公職選挙法には、選挙期間以外で、事前に選挙運動することを制限した取り決めがあります。 もしこれに違反すると、「一年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金」を課せられることになります。(第239条)

公職選挙法の第129条には、選挙運動の期間として、

「公職の候補者の届出のあった日から当該選挙の期日の前日まででなければ、することができない」

とあります。

わかりやすく言えば、公示日(または告示日)に立候補を届け出てから、投票日の前日までの期間ということです。

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