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石破茂は総理大臣(首相)になれるか?

今回、取り上げる話題は『石破茂は総理大臣になれるか?』です。

石破茂「次の総理大臣は私…」

先月10月19日、自民党の役員会で総裁任期を2期(1期は3年)から見なおすことを決定しました。 総裁任期を3期9年とする方針で、来年3月の定期党大会で党則を改正する予定になっています。 続きを読む

韓国大統領を辞任においこむ方法は?

韓国民の「朴クネ大統領は辞任しろ!」の声がやみません。 やまないどころかその声は、益々大きくなっています。

韓国の場合、大統領を辞任させるためには、どんな方法があるのでしょうか?

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日本の首相が辞任する場合

その前に、日本の行政のトップである内閣総理大臣(首相)を辞任に追い込むためには、どうしたらいいのかみてみましょう。

日本では首相の辞任を求める場合、衆議院において内閣不信任決議案を提出する必要があります。 この決議案の採決において、衆議院本会議での出席議員の過半数の賛成によって決議されます。

国会答弁

内閣不信任決議をされた首相は、10日以内に衆議院を解散するか、総辞職(内閣総辞職)をしなければなりません。

日本国憲法 第六十九条 

内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

通常は、与党議員が多数をしめる衆議院において、内閣不信任決議案が可決することはまれです。 直近での事例でいえば、20年以上前の1993年の宮澤喜一内閣で、内閣不信任決議案が可決されました。

この時も自民党議員は、衆議院で多数をしめていましたが、自民党最大派閥の竹下派の分裂があり、改革フォーラム21(羽田孜、小沢一郎ら)のメンバーが、宮澤内閣に対して内閣不信任決議案に賛成票を投じました。 そのため野党票と合わせて、内閣不信任決議案が可決となりました。

 

韓国大統領自ら辞任

韓国の大統領が、任期(5年)を前にやめるには、大統領本人が辞任の決断をする場合が考えられます。 現在の朴大統領は、自ら辞める可能性は現在のところかなり低いとみられます。

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韓国大統領の場合、任期中は訴追できません(例外あり)が、大統領を辞めてしまえば、検察が起訴することができます。 実際、歴代の韓国大統領の全斗煥、盧泰愚大統領は任期満了後に、不正蓄財と民主化運動弾圧の罪で逮捕・投獄されています。

朴大統領としては、2018年2月の任期満了までこの問題を引き延ばして、うやむやの状態にしたいと思っているはずです。 そして次の大統領が、自身が所属するセヌリ党から当選してくれれば、引退後に問題を蒸し返される心配も少なくなります。

 

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国会での弾劾で辞任

もう一つ韓国の大統領を辞めさせる方法は、国会において弾劾を受けた場合が上げられます。

韓国の国会は一院制で、定数が300議席です。 その議席の2分の1以上の発議で、大統領弾劾訴追権を国会に提出できます。 更に議席の3分の2以上の賛成で可決し、一旦は大統領の権限が停止されます。

次に、180日以内に憲法裁判所においてその検討が成され、裁判官9人中6人の賛成で失職が決まります。

前の前の盧武鉉大統領は、国会で弾劾訴追が可決されましたが、裁判所は弾劾訴追を棄却し、盧武鉉は即時に大統領職務に復帰した例もあります。

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大統領が自ら辞任するにしても、国会・憲法裁判所判断で罷免されるにしても、60日以内に大統領選挙を行わないといけません。

大統領が辞める以外の方法としては、挙国一致内閣をつくることです。 与党が野党に提案し、与野党が納得する首相をたてて、その首相に政治を任せる方法です。大統領が行うのは外交のみで、内政には口出ししないことになります。

ただ、今週の動きで、弁護士を通じて朴大統領が検察の事情聴取の延期を伝えたことで、野党がかなり反発しています。

与党のセヌリ党は国会において、現在126議席をもっています。 通常であれば議席数から考えて、大統領弾劾訴追が国会で可決することは考えにくいですが、これだけの国民の反発の声が強いと、与党議員がどこまで朴大統領をかばいきれるかという話になってきます。

しばらくは朴大統領、与野党、国民とのかけ引きが続きそうです。

 

稲田朋美防衛大臣泣くも、2016年靖国神社参拝を済ませていた

終戦記念日の靖国参拝

8月15日の終戦記念日から、すでに2ヵ月以上が過ぎました。 今国会で、稲田朋美防衛大臣が、野党からの集中砲火を浴びてから、だいぶ落ち着いた感はあります。

終戦から70年以上が経っているのに、閣僚が靖国神社参拝を行うと、マスコミが群がり「公人、私人いづれの参拝か?」と質問する姿は滑稽であり、悪しき夏の風物詩となっています。

2013年、当時の総務大臣を務めていた新藤義孝議員は記者会見の際に、素晴らしい対応をされました。(質問者は朝日新聞のイトウ氏です)

新藤義孝議員は、硫黄島の戦いで有名な栗林中将の孫にあたる人物です。

  『硫黄島の戦いから70年~

 

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稲田議員 靖国参拝せず

今年の終戦記念日に、稲田朋美防衛大臣が靖国神社参拝をせず、自衛隊が駐留するアフリカ東部ジブチを訪問したニュースが、TVや雑誌で大きく取り上げられたのは記憶に新しいところです。

国会では辻元清美議員が先頭に立ってそのことを指摘し、稲田大臣が涙ぐむ場面もありました。  『辻元議員の国会質問で考えたこと

【時事ニュース】

防衛省は12日、稲田朋美防衛相が13~16日の日程でアフリカ北東部のジブチを訪問し、自衛隊の派遣部隊を視察すると発表した。 これにより、稲田氏は15日の終戦記念日に合わせた靖国神社の参拝を行わない。

靖國神社

変人と呼ばれた小泉純一郎元首相は、首相在任(2001年4月~)5年5ヶ月の間、6度の靖国神社参拝を行いました。 その間、中国の反発にあい日中首脳会談はなかなか行われませんでした。

世界的には、2001年に米国における同時多発テロがおこり、その流れもあり2003年にはイラク戦争がおこっています。 米国が日中間の問題にかまっている暇がなかったといえる時期でもあります。 そんな米国の国内事情もあり、当時の米国大統領ブッシュ(Jr)と小泉首相の関係は、とても良好でした。

米国がとやかく言ってくる環境にないということは、今後、首相が靖国参拝を行う上で、重要なポイントになります。

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現在の安倍晋三首相は、2006年9月から2007年9月の第一次安倍内閣の時には、靖国参拝ができませんでした。 その無念さもあり、第二次安倍内閣の時の2013年12月26日に、首相として初めて靖国神社に参拝しています。

しかし、中国が世界経済をけん引して、世界への影響力が大きい時期でもあり、その行為は米国からも受け入れられたとはいえない状況でした。 それ以降、安倍首相が靖国参拝を行っていないという事実は、まさに米国からの圧力があるとみるのが自然です。

今回、稲田防衛大臣の靖国神社参拝を回避するために、安倍首相が説得をおこない、ジブチを訪問する策を講じたといえます。

 

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保守派からの批判

稲田朋美防衛大臣が8月15日の靖国神社参拝をせず、ジブチの自衛隊を視察したことに対しての批判は、保守陣営からも上がっています。

一つは「防衛大臣だからこそ、終戦記念日に靖国参拝すべきだった」というものです。 主張自体は、辻元清美議員が国会で稲田防衛大臣を追求した理由と同じです。(もちろん辻元議員の場合は、批判するための主張なのですが)

「稲田議員には(保守派の国会議員として)期待していたのに、なぜ?」という思いが強い人達で、その気持ちもわかります。

また青山繁晴参議院議員のように、「8月15日の参拝に固執することはない。 靖国神社は、第二次世界大戦のためにつくられたわけではない」と述べつつ、「稲田さんが、逃げ道を作るかのように海外出張したのは間違い」 「365日いつでも参拝したらいい。8月15日にこだわるのは中国の思うつぼ」とラジオ番組で話しています。

以下、ラジオでの発言です。(9:30~)


主権回復記念の日の靖国参拝

たしかに稲田議員は、防衛大臣として靖国神社に参拝はしていません。 ただ2016年、既に国会議員として靖国神社参拝をしていたことは、あまり知られていないようです。

なぜか? 理由は簡単です。 報道されていないからです。

今年の4月28日、稲田議員は自身が会長を務める『伝統と創造の会』の国会議員と一緒に、靖国神社での参拝を行いました。 『伝統と創造の会』とは、2005年の衆議院議員選挙で当選した自民党の新人メンバーで設立した会です。

 

4月28日と聞いて歴史に多少関心がある人であればピンとくるかと思いますが、この日は1952年、サンフランシスコ平和条約が発効された日です。 およそ6年8ヶ月におよぶGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の日本統治が終了した日が、4月28日でした。

『伝統と創造の会」ではこの日を重要視して、会を立ち上げた2006年から数えて、今年で11度目の靖国参拝を行っています。 会長である稲田朋美議員も当然のことながら、一緒に参拝しています。

稲田朋美議員が防衛大臣に就任したのは、2016年8月3日でした。

稲田朋美防衛相

防衛大臣就任前の4月28日時点で、稲田議員は自民党の政調会長の要職にありました。

靖国参拝を終えたその日の夕方、稲田議員は『主権回復記念日国民集会』に来賓として会に参加し、祝辞を述べています。 奇しくも、その時の挨拶が、未来を暗示している内容となりました。

「このところは(私が靖国参拝をして報道されることが)ニュースの価値がないようで、むしろ靖国神社参拝をしなかったら、大きなニュースになったんじゃないかなと思ったりします」

と述べています。 本当にその通りになりました。

以下の動画、52分10秒から稲田議員の挨拶です。


 

 靖国神社への思い

稲田朋美議員の靖国神社への思いは、議員になる前、弁護士時代からのものです。  『稲田朋美議員の若い頃は? 前職は弁護士

 

先祖の方々への感謝の思い、いわれなき汚名を着せられた英霊の無念を晴らしたい、そういった思いが強ければ強いほど、今回の終戦記念日に、大臣として靖国参拝できなかったことは、無念だったことでしょう。

こと国の安全保障関連においては、反対のための反対しかしない某議員に追及されたからといって、涙ぐむはずもありません。 「どの口がそれを言うか」といった感じでしょう。

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たぶん自分自身が一番の責任者(首相)であれば、8月15日ではないにしても、靖国参拝に踏み切った可能性大です。 責任は自ら取るという覚悟で。 安倍首相のもとの防衛大臣としての結論が、今回の対応になったということです。

 

冒頭で書きましたが、こんな状態がいつまで続くのでしょうか。

嘆いていても仕方ありません。 米国に対して上手く立ち回りながら、閣僚・首相の靖国参拝という既成事実を積み上げていくのが一番良い方法でしょう。

 

来日したアウンサンスーチーの若い頃は? どんな人?

アウンサンスーチー氏が来日

ミャンマーのアウンサンスーチーが2016年11月1日に来日しました。

【時事通信】2016.11.1

ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が1日、羽田空港着の全日空機で来日した。 今年3月の民主政権発足後、事実上の最高指導者となって初めての日本訪問で、2日に安倍晋三首相、3日に岸田文雄外相とそれぞれ会談する。 日本側は、経済協力の拡大などを通じて関係強化を図る考えだ。

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アウンサンスーチー どういう人?

「アウンサンスーチーって、誰?」若い人にとってはあまり馴染みがない名前かもしれません。

ミャンマーは以前、ビルマという国名でした。

ビルマは第二次世界大戦前は、イギリスの植民地でしたが、独立運動家で「ビルマ建国の父」と呼ばれているアウンサンの功績もあり、イギリスから独立を果たします。

そのアウンサンの娘が、アウンサンスーチーです。 1945年6月19日生まれで、今年で71歳になりました。

イギリスのオックスフォード大学で学びイギリスで生活していたアウンサンスーチーが、ミャンマーに帰国したのは1988年3月、彼女が42歳の時でした。 ミャンマーはその当時、軍事政権が国を治めていた時期で、民主化運動が激化していた時でもありました。

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「ビルマ建国の父」の娘の帰国に、民主化運動は益々盛り上がりを見せますが、その分弾圧も激しくなり、1989年7月にアウンサンスーチーは、自宅軟禁状態に追い込まれます。

その後、軟禁の解除は行われましたが、ことあるごとに自宅軟禁が繰り返され、自由な政治活動ができないよう、軍事政権は行動を制限しようとしました。

2012年に行われたミャンマー連邦議会補欠選挙に、国民民主連盟から立候補したアウンサンスーチーは初当選を果たし、2015年の総選挙でも大勝した国民民主連盟は与党となり、ミャンマーの舵取りを任せられることになりました。

 

アウンサンスーチーの若い頃は?

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この写真は、英国にて結婚し、子供を抱いている時のものです。 長男か次男か不明ですが、長男は1973年に生まれていますので、アウンサンスーチーが30歳前後の時のものです。 知性と気品が感じられる写真です。

こちらの写真は、40代前半の時のものです。 この時もかなり痩せている雰囲気です。

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ご主人とのツーショット。

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この笑顔が美しい写真は、すでにミャンマーに帰国した後に写したものです。

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こちらの動画は、2011年につくられたアウンサンスーチーの半生を描いた映画の予告編です。

 

高樹沙耶の若い頃は?(画像)「そこまで言って委員会」での主張

高樹沙耶 逮捕のニュース

高樹沙耶が大麻取締法違反の疑いで逮捕されました。 以前からの言動から、ある程度予想されていた内容ではありますが、少し残念なニュースです。

テレビでは、高樹沙耶の逮捕時の様子と過去の言動を取り上げていますが、相変わらず『ちょっと普通の人と違う思考』という放映のスタンスのような気がします。 テレビサイドとしては、「こういう取り上げ方しか、できないだろう!」 となるのはある面、仕方ないのかもしれませんが。

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やはり受け止める側の視聴者が、リテラシーを高めていかないといけません。 ちょっと変わった趣味嗜好、宗教的精神性を重んじる生活優先、そういう人は世の中にたくさんいます。 そういった人達の多くが罪を犯すことなく、通常の生活を営んでいます。

今回の高樹沙耶の場合は、あまりにも『大麻』という物に、とらわれすぎたのかなという感じを受けます。 今後は、取り調べ・起訴(または不起訴)・裁判という流れになりますので、注視していきたいと思います。

 

多くの高樹沙耶ファンが悲しんでいることでしょう。

 

 

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高樹沙耶 経歴

高樹沙耶は、1963年8月21日静岡県浜松市に生まれ、現在53歳です。

17歳で上京し、モデルを経て、女優として数々のドラマに出演していました。 1998年には、シンガーソングライターの中西圭三と結婚しますが、結婚生活は長続きせず、2000年には離婚しています。

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その後、フリーダイビングで日本新記録を更新したり、千葉県南房総市に引越してエコライフに没頭したり、とてもこだわりを持った生活をしていました。 2011年には、拠点を千葉県から沖縄県石垣市に移し、宿泊施設を経営して生計をたてていました。そして今回の逮捕に至ったことになります。

おおまかな経歴を確認したい場合は、Wikipedia(益戸育江)でご覧になってください。

 

高樹沙耶の若い頃

モデルから女優への転機は、映画「沙耶のいる透視図」に主演女優として抜擢されたことでした。 この時、初の映画デビューとなり、ヌードも披露しています。

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その後20~30歳代では、テレビドラマを中心に活躍しました。

若い頃の写真を集めてみました。

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18歳の時、高樹沙耶は海外で大麻経験をしたところから、大麻との関係が始まりました。 たぶんこの時の経験が、後々の彼女の考え方や出会い(人との縁)に、大きく影響しているのではないかと推測できます。

 

というツイートがありました。

女優の相楽樹(さがらいつき)? すみません、知りません。

 

たしかに高樹沙耶の若い頃に似ていますね。 今それを言われるのは、迷惑かもしれませんが。

 

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TVでの高樹沙耶の主張

現在の日本では、一般人が大麻を栽培・所持することは違法であることは間違いありません。(「産業用大麻」の栽培には、大麻取扱者免許が必要)

ただ、昔から使われてきた麻を、戦後(GHQの影響)から取り扱う事が出来なくっているということや、医療目的の大麻使用の議論ができないという現実も知らなければならないと思います。

 

今年の7月に関西で放映された「そこまで言って委員会NP 規制改革大決断SP(2016.7.31)」では、『医療大麻』の規制を「締める?」「緩める?」という議論がなされました。

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その番組では、『医療目的の大麻使用は、米国23州とワシントンD.C.で既に合法化』されていることや、『特許庁が認めている大麻草由来の植物エキスを使った医薬品特許』があることの紹介をしていました。

ご関心ある方は、動画で確認してみて下さい。 『そこまで言って委員会 2016.7.31

 

【関連記事】⇒『清原和博は反省し、更生できるのか?

 

稲田朋美防衛相への辻元議員の国会質問で考えたこと(動画あり)

稲田防衛相 涙ぐむ

今回ニュースになったのは、辻元清美議員(民進党)が、稲田防衛相に質問をした際に、その答弁で稲田防衛相が涙ぐんだという内容でした。 『涙ぐむ』というのは、目に涙をためることであり、泣きそうになるということです。

稲田朋美防衛相が9月30日の衆院予算委員会で、終戦記念日8月15日の全国戦没者追悼式を欠席したことをめぐり、民進党の辻元清美氏から「あなたは『自国のために命をささげた方に感謝の心を表すことのできない国家であっては防衛は成り立ちません』と言っておきながら言行不一致だ」と追及され、涙ぐむ一幕があった。  【夕刊フジ 2016.10.1】

 

稲田 VS 辻元 具体的やりとり

稲田防衛相と辻元議員の質疑の様子を見てみましょう。あとで動画も貼り付けておきます。 「解説なんていらない。早く動画を見せて」という人は、スクロールして下の方でどうぞ。

最初の質問は、過去の雑誌の発言に対する見解を辻元議員が問います。そして雑誌に載った核保有に対しての過去の考えを撤回しろと迫ります。

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それに対して稲田防衛相は「非核三原則を堅持し、核兵器のない世界を目指します」を繰り返し答弁します。

 

次に問題にしたのは、上のニュース記事内容の全国戦没者追悼式への欠席についてでした。国務大臣が参列すべき全国戦没者追悼式や通常であれば毎年行っている靖国神社へ、公務と称して行かなかった事に対する追求です。

具体的な欠席理由は、アフリカ東部のジブチへの訪問(8月13日~8月16日)でした。 ジブチは人口100万人にも満たない小国で、国土も日本の四国を一回り大きくした程度の広さの国です。

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現在、自衛隊はジブチに駐留していて、主な任務はソマリア沖・アデン湾における海賊対処になります。場所はよくわからなくても、『ソマリアの海賊』という話の記憶は誰にでもあるのではないでしょうか。

稲田朋美議員は、赤道直下の過酷な環境で任務についている自衛隊に対して、防衛大臣として1日でも早く、その実状を把握し激励したいという趣旨の訪問であると答弁をしています。

 

それに対して辻元議員は、

「あなたの『戦争で亡くなった方々への心を捧げる』というのはその程度だったのかと思われかねないんですよ」(18:54~)

「防衛大臣が靖国参拝に行くのを回避させるためと、報道されているんですよ」 

「私は、防衛大臣として(靖国神社参拝の)信念を貫かれた方がいいと思いますよ」

と畳みかけました。

 『稲田朋美議員が右翼発言って、本当?

 

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稲田防衛相が涙ぐんだと書かれているのは、この場面(19:30~)でした。「ご指摘はご指摘として、受け止めたいと思います」と答弁しています。

 

【稲田防衛大臣 VS 辻元清美議員】

 

米国の事情 日本の事情

(心の笑みをこらえながら)嬉しそうな辻元議員と稲田議員の無念の表情が印象的な動画でした。 すべて承知の上でここぞとばかりに質問している辻元議員と、安倍内閣の圧力(事情)に屈しざるを得ない稲田議員という構図です。

靖國神社

もし稲田防衛大臣が8月15日に靖国神社の参拝をしたら、日本のマスコミが一斉に大々的に報道します。 同時に中国と韓国がタッグを組んで批判してきます。 この中国と韓国のタッグを嫌うのが米国です。

 

何とか中国から韓国を引き離したい米国は、昨年も慰安婦問題の日韓合意で、日韓の懸案を取り除くよう圧力をかけてきました。 そして今夏、高高度ミサイル防衛システム「THAAD(サード)」を朝鮮半島に配備することを、米韓の間で決断するに至りました。 それでも韓国は中国との経済的関係が緊密なので、いつまた韓国が中国にすり寄っていくかわかりません。

それは長い歴史のなかで、中国大陸を支配した国(元・明・清など)にずっと従属してきたのが朝鮮半島の国だったからです。 日本と韓国の間に問題を生じさせ、韓国が感情的にへそを曲げることを期待しているのが中国であり、そうさせたくないのが米国です。

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米国の圧力を受けて従う、もしくは米国の考えを忖度して対応するのが、戦後日本が取ってきた生き残る道でした。米国の力が衰えているとはいえ、まだまだそういった日米関係に変わりはありません。

 『稲田朋美防衛大臣誕生で中国が慌てる? 何が変わる?

 

エセ保守だと稲田さんを攻めて、良い結果が生まれるとは私には思いません。

間違いなく時代は少しづつ変っています。 憲法改正の『か』の字すら言えなかった時代もあります。 自衛隊への親近感も本当にここ最近のものです。

稲田さんの無念の思いが、無駄にならないよう、私達は時代が変わっていくのを待つのではなく、変えていけるよう意識と努力が必要かと思います。

 

 稲田議員の明るい話題にふれたい人は ⇒ 『稲田朋美議員は、なぜ網タイツをはくのか?