硫黄島・遺骨収集の進展には、滑走路をはがすことが必須

硫黄島の遺骨収集の現状を知っていますか?

遺骨というのは、1945年2月から3月にかけておこなわれた硫黄島での米軍との戦いで、亡くなられた方々のものです。

硫黄島には、終戦から70年以上たった今でも、すべての遺骨が収集されていないという現実があります。

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田舎館村の田んぼアートは、どうやって作っているのでしょう?

田んぼアートとは?

田んぼアート』って知っていますか?

これです。

田んぼアート3

ビックリですよね。

昨年の作品は、こちらです。

田んぼアート4

「何で、こんなもの作ったんだ?」

「どうやって、作るの?」

自然と疑問がわきます。

 

田舎館村の村おこし

この『田んぼアート』は、青森県の田舎館村で作られた作品で、主催者は、田舎館村むらおこし推進協議会です。 田舎館村と書いて、“いなかだてむら”。 青森県中央部、津軽平野の南部に位置した人口およそ8千人の小さな村です。

田舎館村の“村の花”は、「稲の花」であることからも、稲(米)に対するこの村の愛情と関係性を感じます。

稲の花

北方稲作文化発祥の地とも言われています。

村おこしで始められた『田んぼアート』は、1993年に初開催されました。2014年で、22回目をかぞえます。最初は、『田植えツアー』のイベントの一環として開かれました。

初めての作品は、「弥生の里いなかだて」の文字と岩木山をかたどって、『稲文字』として表現されました。それからしばらく数年間は、同じ絵柄で作成されていましたが、2003年の「モナリザ」作品をきっかけに、アート性が増していきます。

モナリザ

ただ、この「モナリザ」は残念なことに、観光客から“太ったモナリザ”と言われてしまいます。その後、試行錯誤の末、展望台からきれいに観えるように、遠近法を導入し、進化をとげました。

 

田んぼアートの作り方

では、どうやって色彩を表現しているのでしょうか?

それは、青森県産米や古代米など計10品種7色を使い分け植えることで、絵画のように仕上げるのです。2004年~2016年までの作品は、こちらのサイトで見ることができます。

『田舎館 田んぼアート』

 

田舎館村に居住の方が、田んぼアートの作り方を紹介してくれています。この方は、実際に田んぼアートの田植えを行なっているおばあちゃんの孫です。

『お富の田園ブログ 田んぼアートの作り方』

 

年々、芸術性が高まっていく田んぼアートですが、来年2015年は、どんな作品で私たちを楽しませてくれるのでしょう。

 

田んぼアートは2つの会場で開催されます。

第1田んぼアートは田舎館村役場展望台から、第2田んぼアートは弥生の里展望所から観覧できます。観覧期間は、毎年6月初旬から10月中旬です。展望台の会館時間は、午前9時~午後5時まで。田んぼアート期間中は、土日祝日も開館しています。

 

詳細は、田舎館村役場 企画観光課 商工観光係 電話:0172-58-2111(内線242)まで

 

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五行歌とは? 気軽に作った私の作品集

岩崎航(わたる)さんを通して、『五行歌』(ごぎょうか)を知りました。

『五行歌』とは、1957年に、草壁焔太(くさかべ えんた)氏によって考案された自由律定型詩です。

 

五行歌2

 

俳句のように、季語や文字数に制約はなく、五行に収めればOKというもの。 現在、草壁氏が創設した『五行歌の会』という組織があり、全国に100をこえる支部となっています。 

五行歌の会HP

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ハンドフルート練習中。めざすは、「CHILDHOOD」の森光弘

『ハンドフルート』を知っていますか?

両手を組んで息を吹き込み、音を出す楽器(?)です。

ハンドフルート

“手笛”というのが通常耳にする名称でしょうか。

 

“ハンドオカリナ”とも呼ばれているそうですが、
その名前で検索すると、ハンドフルートのサイトが中心に上位表示されます。

ただ、音色自体はオカリナに近いですね。

 

きっかけは忘れましたが、何気なくYouTubeを見ている時に、
偶然目撃しました。

そりゃ、もうビックリ!

彼らの名前は、「CHILDHOOD(チャイルドフッド)」。

ハンドフルート奏者は、森光弘さん、
ピアニストは、臼田圭介さんです。

 

更に、神技!!

2年くらい前だったかと思いますが、早速まねて練習してみました。

 

これ、すぐに音が出る人は出るらしいのですが、
私の場合、なかなか音が出なかったです。

原因は、指と指の間から音が漏れてしまうから。

ハンドフルート2

たしか一週間くらいダメだったような気がします。

もちろん一日何時間も練習していたわけではなく、
主にトイレに入った時だけの練習だったので、仕方ないのかもしれませんが。

 

森光弘さんが、わかり易く説明してくれていますので、
ご関心ある方は、以下をどうぞ。

ハンドフルートの吹き方・音程の変え方

音が出やすい指の組み方がわかったところが、
第一関門突破といった感じです。

次は音階。

 

両手を組んだ空洞の大きさを調節することで、高低を出します。
空洞を大きくすれば音は低くなり、空洞を狭くすれば高くなります。

 

まずは、『チューリップ』を吹けるように頑張ってみました。

でも、“ド~ラ”まで出すのは簡単ではありませんでした。
上記のようなペースでの練習でしたから。

 

ただ、ハンドフルートを練習しようと思ったきっかけは、
「人前で披露できるレベルになりたい」というものだったので、

亀のような歩みではありますが、何とか諦めずに少しずつ練習しています。

 

今とり組んでいる曲は、『ふるさと』です。

ふるさと

高音は何とか出るのですが、低音がいまひとつといった感じです。

 

一番身近なイベントは、クリスマス。
ちょっと頑張って、クリスマスソングでも練習してみようかな。

 

このブログを見て、
「ハンドフルートやっとみようかな」と思った方、
最初、音が出なくても練習すれば必ずできますから、
諦めずにコツコツ頑張ってみて下さい。

 

書家 紫舟の作品に魅了されて

書家 紫舟

最初に紫舟(シシュー)さんを知ったのは、昼のTV番組でした。

その頃は、NHKの大河ドラマで「竜馬伝」(主演:福山雅治)を放映していて、その「竜馬伝」の題字(書道)を書いている人物ということで、その番組には出演されていました。

個人的に私も、小・中・高・成人(2年間)と書道を習っていたので、とても関心を持ってTVを観ていました。

 

作品 鉄のオブジェ

すると、そこに出てきた作品が、『書の鉄のオブジェ』。

こんな感じです。

紫舟3

 

紫舟4

しかもその作成した鉄の文字が作品というわけではなく、メインは、その鉄の書体に光を当てて、そこに映った影が作品というものでした。

凄い!

感動しました。

紫舟2

 

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紫舟 書家までの道のり

紫舟さんは、愛媛県の紙製品の製造が盛んな土地に生まれました。本名は、福崎紫(ふくざき ゆかり)です。

お祖母さんのすすめで書道を習い始めたのが、6歳の時でした。高校卒業まで続けますが、その後は大学進学・就職という流れで、書道とはほとんど関わりませんでした。

しかし、就職し3年間働く中で、このままでいいのかという思いにかられます。アパレルメーカーの広告宣伝担当として、海外での撮影やイベントの大きな仕事を任されていたので、決して仕事にやりがいを感じられなかったといことではないようです。

ふと、「自分の居場所はここではない」とそんな内なる声を感じたそうです。

 

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会社を辞めて、しばらくは「自分はどう生きたいのか」「何が好きなのか」と、自問自答し、最終的な答えは、『書家』という道でした。神戸を拠点にして個展を開き、奈良、そして東京へと活動を展開していきます。

作品展、映画の題字、新聞・雑誌の連載などの仕事をこなしていた彼女が、一躍有名になったのは、やはり「竜馬伝」の題字を担当してからでしょう。

題字を書くにあたって、伝記や小説から、まず坂本竜馬を徹底的に知ることに務めました。次に、主演の福山雅治についても。まず、表現する対象に“寄る”という作業が第一歩となります。

紫舟5

書への思い、夢

文字に感情や表情をつけたい、文字に意思を吹き込みたい、そのために、本質をどうとらえるか、そういった思考の中で、実際のイメージが徐々に湧き上がっていきます。

一つの文字・文章を生み出すのに少なくとも同じ漢字を500種類くらい書き分け、最も思いが伝わる表現をさがします。そういう地道な作業の中で生み出されるのがこういった文字なのでしょう。

紫舟 竜馬伝

彼女の夢の一つは、『ハリウッド映画の題字を書くこと』

ハリウッド映画に漢字を持ち込む?

そうではないようです。

アルファベットで書きたいそうです。「『その字から映画のストーリーが感じられるね』って言われるような作品を創りたい。」ということらしいです。

紫舟 JAPAN

漢字で表現するのも難しいのに、それを英語で。 凡人には、ちょっとイメージできません。

今年の12月に、パリのルーブル美術館で開催される展覧会に、日本代表アーティストとして展示が決定しました。日本国内でも個展が開かれていますので、関心あれば以下をチェックしてみて下さい。

紫舟オフィシャルサイト

 

吉田調書の問題とは?

朝日新聞の『吉田調書』問題が世間を騒がせる少し前に、門田隆将著書「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日」を読みました。

読み進める中、地震・津波よる福島第一原子力発電所の事故当時の状況を知れば知るほど、3度4度と目頭が熱くなり、極限の中で戦った吉田所長を筆頭とする発電所の方々に頭が下がる思いでした。

朝日新聞を批判する言論は、たくさん溢れかえっているので、私はそれには触れません。

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メタンハイドレートを2020年東京オリンピックの聖火に!

メタンハイドレート掘削調査

経済産業省のホームページに、『表層型メタンハイドレートの資源量把握に向けた掘削調査実施します』と載っています。 調査期間は、平成26年6月21日~7月10日を予定し、調査海域は、上越沖、秋田・山形沖です。

メタンハイドレートとは、メタンと水が低温・高圧状態で結晶化した物質です。

メタンハイドレート4

 

日本近海にかなりの量(天然ガス100年分相当とも言われている)が、存在している事が予想されます。

メタンハイドレート2

今まで天然資源の輸入に頼っていた日本が、自前のエネルギー資源を得ることができ、かつ輸出することも可能かもしれません。

 

メタンハイドレートの形態

メタンハイドレートは、表層型と砂層型があり、今までは太平洋側の砂層型を中心に調査が行われていました。

メタンハイドレート表層&砂層

しかし、砂層型は文字通り海底面の更に下の地層の中に、砂(泥)状で存在しているため、採取しエネルギー資源化するには、現時点でコストがかかりすぎます。ところが、表層型は絵でもわかるとおり、比較的浅い海底の地表部分に存在しているため、採取しやすいのです。

表層型メタンハイドレートに対して、やっと国が本腰を入れて調査に乗り出したことは慶事です。(昨年、広域調査は実施済み)

 

メタンハイドレートを聖火に

今回の調査の委託先が、独立行政法人:産業技術総合研究所とあったので、ホームページを見てみると、

私たちはメタンハイドレート由来のメタンガスが、オリンピックの聖火で使用されることを夢見ています

とあります。

聖火台

その志、良しですね。 ぜひ、6年後の東京オリンピックの聖火をメタンハイドレートで、灯してほしいと思います。

 

今日の夕方、経済産業省に調査報告はいつ頃になるのか、問い合わせてみました。 現在、報告書の作成中で、12月中には発表できるとの回答でした。

 

【関連記事】⇒『メタンハイドレートと日本海連合

 

ドラマの母親役などで活躍の麻生祐未 意外な1年間の空白

麻生祐未は、1963年に大阪府泉佐野市で生まれました。

1985年に、カネボウ水着キャンペーンガールに採用され、山口百恵に似ていると注目を浴びます。

その当時の深夜の人気番組「オールナイトフジ」の司会も半年間つとめ、青学英米文学科卒業の才女ぶりを発揮しました。

 

麻生祐未3

1980年代後半から1990年代初頭にかけて、トレンディドラマで活躍し、女優としての地位を不動のものにしました。

 

順風満帆な芸能生活のようですが彼女、20代後半から1年間、仕事を一旦休んで米国へ留学しています。

演劇とは関わらず、「いろんな世界を見ておきたい」と本人は後々のインタビューに応えていますが、よく1年間も休むことができましたね。 波に乗っている時、その波からいったん外れるということは、どんな世界でも大変な決意がいることかと思います。

ただ、その期間があったればこそ、今のポジションを維持している彼女がいるのかもしれません。

麻生祐未2

ほとんどの役をこなしてきた麻生祐未ですが、“学校の先生”の役はまだしていないそうです。

これは意外ですね。 昭和時代の田舎の女教師なんて、彼女にぴったりのような気がしますけど。

 

日常では「麻生さん、天然ですね」と言われ、自分ではそう思っていなかったのに、度々言われるので、途中から「私は天然なんです」と言うようにしたそうです。

「天然」に便乗してみると人と接するのがとても楽になったと。

2004年に永澤俊矢氏と結婚し、男児を出産しましたが、4年後の2008年に離婚しています。

 

2011年1月、泉佐野市の観光大使に就任されました。

麻生観光大使

泉佐野市には親戚もたくさんいて、出産もこちらでしました。

50歳をこえて、このところ母親役や年配役をこなすことが増えているようですが、まだまだお美しいので、その魅力を前面に出した役もどんどんしていってほしいですね。