秋篠宮殿下は『皇太子』ではなく『皇嗣』 皇位継承はどうなっていくのか?

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5月1日から、徳仁親王(浩宮)が新しい天皇に即位され、令和の時代がいよいよ始まりました。

今上天皇は、1960年2月23日のお生まれで、現在59歳になられます。

ちなみに、現在の上皇が天皇に即位されたのが1989年1月7日で、56歳の時のことでした。

 

過去、小泉純一郎政権の時に、皇位継承をめぐって、『女性天皇』『女系天皇』の議論がなされました。

秋篠宮家から悠仁親王がお生まれになったことで、いったん議論は下火になりましたが、決して皇位継承の問題が解決したわけではありません。

近頃では、「愛子様を天皇に」という話題が、度々マスメディアにでてきます。

 

新天皇が即位されてすぐとはいえ、皇位の継承をいかに滞りなく成していくかというテーマは、今後も続いていきます。

【日経新聞 2019.5.1】
天皇陛下の即位に伴い、秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」に就かれた。2位は秋篠宮さまの長男、悠仁さま、3位は上皇さまの弟の常陸宮さまとなった。政府は秋篠宮さまの正式な敬称を「秋篠宮皇嗣殿下」とした。

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皇嗣とは

「皇嗣」とは、皇位継承順位第1位の皇族を指す呼び名です。

皇室典範には以下のように記述されています。

第四条 天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。

 

【日経新聞 2019.5.1】
天皇の直系男子が就く「皇太子」は86年ぶりに空位となった。直近で皇太子が不在だったのは、昭和天皇の即位後、1933年12月に上皇さまが誕生されるまでの約7年間。

皇太子とは、皇室典範第8条に「皇嗣たる皇子を皇太子という」と書かれているように、天皇陛下の後継ぎの男子の呼称です。

ゆえに、秋篠宮様は皇嗣であっても、皇太子ではないということです。

 

皇室典範について

さきほど、皇室典範第四条の内容を記述しましたが、皇室典範とは、皇室に関する基本事項を規定する法律です。

日本国憲法第2条から第5条には、『皇室典範の定めるところにより』という文言があり、皇室典範は第37条から成り立っています。

≪皇室典範≫
第一章 皇位継承
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
第二条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
一 皇長子
二 皇長孫
三 その他の皇長子の子孫
四 皇次子及びその子孫
五 その他の皇子孫
六 皇兄弟及びその子孫
七 皇伯叔父及びその子孫

 

皇室典範の第四条を、もう一度みてみましょう。

第四条 天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。

ご覧のように、『天皇が崩じたとき』すなわちお亡くなりになった時に、皇嗣が即位することに決められています。

 

では、なぜ今回は『天皇が崩じていない』のに、皇位が継承されたのでしょうか。

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天皇陛下(現上皇)のおことば

2016年(平成28年)8月8日、天皇陛下が『象徴としてのお務めについて』という内容でおことばを発せられました。

一部を抜粋します。

「私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。」

「幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。」

「このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。」

上記のように、高齢となり天皇としての務めを果たせるのかと、苦しい胸の内を吐露されたおことばでした。

 

これを受けて、天皇の退位等に関する皇室典範特例法がつくられました。

ただ、天皇陛下(当時)が何かお言葉を述べられて、その影響で法律ができてしまうということは、天皇陛下の政治への介入となってしまいます。

日本国憲法第4条には、

「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」

と書かれています。

天皇陛下(現・上皇)ご自身、そのことをお言葉の中で

「天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したい」

と語られておられました。

 

天皇の退位等に関する皇室典範特例法(成立:平成29年6月9日、公布:平成29年6月16日)には、

第二条 天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する。

とあります。

この第二条により、天皇陛下の退位と新天皇陛下の即位が、平成31年4月30日と5月1日を境に、執り行われました。

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愛子内親王が女性天皇に?

今回の御代替りを前後して、女性天皇や女系天皇を認めても良いかと問う、世論調査がおこなわれました。

 

 

ご覧のように、過半数をはるかにこえて、女性・女系天皇容認派が多数をしめました。

この結果を紹介したあるサイトでは、“『愛子天皇』を後押し”と飛躍した見出しをつけて、記事にしています。

更に、『女性宮家』をつくって、後継ぎ問題が解消すればよいとの言説も出てきました。

 

宮家とは、どういった存在でしょう?

宮家とは、皇族で宮号(一家を立てた親王が天皇から賜る称号)を与えられた家をいいます。

 

現在の宮家は、以下の通りです。(緑色)

戦後のGHQ統治時代に、皇室財産の国有化、皇族の財産に関する特権の停止などがおこなわれ、11宮家が皇籍離脱させられました。

 

今上陛下は、現在126代目の天皇です。

皇室が、長きにわたって守ってきたものが、万世一系の男系の血筋だといいます。

父方をたどっていけば、初代の神武天皇まで、血筋が続いていくというものです。

 

この仕組みを支えてきたのが、宮家の存在です。

万世一系に対して、異議を唱える論説もありますが、世論調査に回答した人が、このような経緯を知った上で、女系天皇に賛成しているかといえば、疑問ではあります。

 

長い歴史にあって、血筋の断然問題や血統をめぐって、皇族間での争いがあったであろう事は、想像に難くありません。

歴史や血筋の問題を美化しすぎると、必ず難癖をつけてくる人が出てきます。

 

ここで一番重要なことは、父系(男系)の血統を守るために、様々な困難を経て、伝統が受け継がれてきたという点ではないでしょうか。

それを、現在の価値観を優先して、変えてしまうということは、あまりにも傲慢な考えです。

 

伝統を軽んじるのは、共産主義思想の典型です。(唯物史観の話をすると長くなるので割愛)

1900年代に世界を席巻した共産主義思想の爪跡は、共産主義者だけにとどまらず、現代人の思考にも確実に影響を与えています。

 

悠仁様を狙った犯罪の衝撃

御代替りを間近にひかえた4月26日、事件がおこりました。

【夕刊フジ 2019.4.30】
秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまが通われるお茶の水女子大付属中学校(東京都文京区)で、悠仁さまの机の上に刃物が置かれていた事件は29日、急展開を見せた。警視庁捜査1課が建造物侵入容疑で、住居・職業不詳、自称・長谷川薫容疑者(56)を逮捕したのだ。警察当局は威信にかけて、「改元前の犯人逮捕」にこぎ着けた。

長谷川薫容疑者が「刺そうと思った」と言っているように、もしもその通りに実行され、万が一にも悠仁様が命を落とされることになっていたら、一人の尊い命が失われるだけではなく、皇位継承に黄色信号が灯るところでした。

長谷川薫容疑者が、どのような罪に確定するかは、わかりませんが、服役を終えたとしても、今後要注意人物として、一生監視対象になっていくでしょう。

 

皇位継承の問題は、GHQによって打ち込まれたクサビともいえます。

日本国民が歴史を学び、皇位継承問題を自分の頭でしっかり考えていかないと、このクサビは簡単には抜けないでしょう。

 

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