歴史あれこれ

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相変わらずの石破茂 取り上げられた発言(創氏改名)で更にイメージダウン

安部政権が終わるのを、心待ちにしている国会議員の筆頭は、間違いなく石破茂議員でしょう。

野党の国会議員は、本気で政権を取る気がないので(失礼)、とりあえず安部政権批判だけをしています。
立憲民主党には、かつての社会党の存在感すらありません。

 

確かに現在の石破茂議員は、自民党内では『窓際』に追いやられています。

それでも何らかの発言をすれば、マスメディアが取り上げてくれるので、いまだに、次の首相候補のベスト3には顔をだします。

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ライダイハン問題とは何か 韓国の対応と英国で作られた像について

今なぜ、ライダイハンが話題になっているのでしょうか?

後で詳細を書きますが、ライダイハンはベトナム戦争の時に産み落とされた存在です。

ベトナム戦争は終戦から、もう40年以上が経っています。

にもかかわらず、ライダイハンの問題が現在取り上げられているのは、果たしてなぜなのか、確認してみたいと思います。

 

以下、ライダイハン関連のニュースです。

【産経新聞 2019.8.1】

英国の民間団体「ライダイハンのための正義」が、英国人彫刻家のレベッカ・ホーキンスさんによって制作された「ライダイハン像」をロンドンのウエストミンスター地区の公園で一般公開した。
ライダイハンは、ベトナム戦争に派遣された韓国軍兵士が現地の女性に性的暴行などをして生まれた混血児たち。

同団体の「国際大使」を務めるジャック・ストロー元英外相は一般公開にあたり「紛争下で性暴力被害者となり生き残られた方々を記念するこの彫刻を見てほしい」とした上で「韓国政府に自国軍が犯した罪を認め、国連の調査を支持する姿勢へと変えさせる役割を果たすことを願う」とコメントしている。

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日本と韓国の歴史問題を解決することはできるのか?

韓国では、過去にもこのような人物や研究はあったのでしょうか?

たぶん、あったのでしょう。

ただし、相当の覚悟や信念がないかぎり、韓国という反日を国是としている国では、生き残れません。

謝罪に追い込まれたり、暴力をうけることも当たり前のように起こります。

【産経新聞 2019.8.6】

戦時中のいわゆる徴用工ら朝鮮半島出身労働者の賃金体系を研究している韓国・落星台(ナクソンデ)経済研究所の李宇衍(イ・ウヨン)研究員が6日、国会内で講演し、戦時中に徴用された朝鮮半島出身労働者について「強制連行も奴隷労働も事実無根だ。正しい歴史を回復することが(日韓)両国の友好関係の発展に寄与する」と訴えた。

李氏は、韓国で徴用工像や慰安婦像の撤去運動を展開しており、「韓国では『強制労働がなかった』とする私の主張に同意する人も増えている。合理的な市民と力を合わせ、徴用工像を撤去したい」と語った。

韓国にもこのような国士がいるのですね。

李宇衍氏とは、どのような人物なのでしょうか。

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釜山の徴用工像とは? 徴用工裁判の仰天判決への日本国民の怒りと政府の取るべき方策

韓国に、戦前の併合時代の問題を指摘されるたびに、「またか…」と思う人も多いでしょう。

インターネットで情報が共有できるようになってから、『従軍慰安婦』『強制連行』という言葉が出ると日本では、それだけで話の信憑性が疑われてしまう状況に変わりつつあります。

 

そして、今回韓国関連で出てきたキーワードは、『徴用工』です。

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韓国の慰安婦像がウィーン条約違反といわれる理由が知りたい

韓国が主張する歴史問題・慰安婦問題の日本への対応に、嫌気がさしている人も多いかと思います。 そんな中、韓国ではまたもや慰安婦と称される少女像の設置で、問題をおこしています。

今回の設置で、菅官房長官は「ウィーン条約から照らしても、極めて大きな問題があると考えています」と述べています。 

釜山の日本領事館前に設置された慰安婦と称される少女像は何が問題なのか整理してみます。

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硫黄島には、観光ツアーで行けるのか?

東京都に硫黄島(いおうとう)という島があります。

「硫黄島には観光で行けるの?」というネットの書きこみがあったので、調べてみました。

硫黄島 すり鉢山

硫黄島での戦い

硫黄島といえば、第二次世界大戦末期の1945年2月19日から3月26日にかけて、米軍との激しい戦いが繰り広げられた島です。 日本軍の戦死者は2万名を超えました。 続きを読む

乃木大将が学習院院長に就任 昭和天皇へ与えた影響

 

乃木大将は、明治天皇より、明治40年に学習院院長に任ぜられました。

武人として生きてきた乃木大将がなぜ、
華族の子弟を教育する学習院の院長を任されたのでしょうか。

 

それは、明治天皇の絶大なる信頼によるものでした。

明治天皇

 

後の昭和天皇をはじめ、
明治天皇の3人の皇孫が近く入学される時期でもありました。

 

任命の際、乃木大将は明治天皇から御製を賜っています。

 

いさをある人を教のおやにして おほしたてなむ やまとなでしこ

 

いさを(功)は、功績・手柄という意味ですので、
いさをある人=乃木大将 です。

おほしたつは、育てる・養育するの意。

やまとなでしこは女性という意味だけではなく、
撫子には、愛しい子・可愛がっている子という意味もあるので、

ここでは、明治天皇の皇孫を含む学習院の子供達のことになります。

 

乃木大将は以前にも明治天皇から御製を賜っているので、
今回は2度目になります。

 

このように、臣下として2度にわたって御製を賜ったのは異例のことです。
こんなところにも、明治天皇の乃木大将への寵遇がうかがわれます。

 

乃木神社

 

昭和天皇は晩年、

ご自身の人格形成に最も影響を与えた人物は、
乃木学習院院長であったと、述懐されています。

 

乃木院長は明治40年1月30日の就任挨拶で、

「兵士を訓練することと諸子を教育することとは勿論同一目的ではない。
がしかし至誠をもって人に接する一事に至りては、
決して変りはないと信じるのである」と語られました。

 

まさに、乃木大将の生きざまそのもの就任挨拶でした。

 

乃木大将は、院長官舎があったにもかかわらず、そこには入居せず、

乃木大将2

 

生徒と同様の寄宿舎にて寝起きを共にします。

4時半起床、寄宿舎の見回りをすませ、朝食は生徒と一緒に取りました。

授業開始後は、各教室の巡視、放課後には剣道の稽古を生徒につけ、

寄宿舎に戻ってからは、生徒が自習する時間帯に合わせ、
読書に勤しみました。

 

率先垂範を絵に描いたような生活ぶりだったようです。

 

乃木大将が学習院院長を務めたのは、
明治天皇崩御に伴い自刃した大正元年9月までのおよそ5年半にわたりました。

 

乃木大将の祥月命日9月13日

 

硫黄島・遺骨収集の進展には、滑走路をはがすことが必須

硫黄島の遺骨収集の現状を知っていますか?
遺骨というのは、1945年2月から3月にかけておこなわれた硫黄島での米軍との戦いで、亡くなられた方々のものです。

硫黄島には、終戦から70年以上たった今でも、すべての遺骨が収集されていないという現実があります。

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